物事の多く、絶対の答はほぼ無いのが実際、狭い我欲がほぼで有れば更に
- 2024/10/07 08:53
際限のない、只の我欲を満たす事がほぼ!の輩連中が、公的独裁権力を持てれば「際限のない”独裁権限を悪行使して、腐った我欲を際限なく満たす!”これに暴走し続けるだけ、が実際行われる訳です、OTYANORMA、こう言うローマ字だったかな?の女性グループの最近の歌”ちはやぶる”の歌詞がこれを顕して居ますよね」
成り上がれた人間にすり寄って来る者らに持ち上げられて、裸の王様出来上がり、甘い言葉で近寄る敵も居る、と言った歌詞でとても深くて、現実を正しく表す歌詞だと「後は”個々の人間性、人としてのありようの形”等で全く先が違う訳です」
後は民族性も、思想と言うか、狂信する者の違いもで「大マス塵が中心で、事実では無い妄想、現人神狂信丁稚下げの喧伝!を繰り返して、多くの民衆が、自己を持たず、自己責任を物凄く恐れる人間性!の発露で”同類程度のXX人間等を、崇高で優秀な現人神様!”だのと、正しい根拠皆無の上、嘘だと様々根拠、証拠等が発信されようとも、自分が見る物が正しいから?」
このかたかたは現人神様である!崇高で優秀で気高くて?無条件で崇拝すべきカタカタだ!まあ「カルト狂信者の常ですが、こう言う手合いやXX活動家等で”その時々のはやり?に乗っかって騒ぐ輩”や、永遠の売国極左活動の連中‼肩書、公的資格を持つ対象様!を無条件で全面狂信!自己が無いのと、自己責任から徹底的に逃避する生き方!の輩の特徴です」
こう言う手合いは「そもそも”自分が誰かの言い草、考え、戯言を狂信だけして、その事実も理解出来ない、自己が欠落故”の手合いは”自己が無なので、違う考えと、一定の自分の考え、答えを持つ相手、自分の誰かの戯言ただ妄信だけ!”と全く違う相手との、双方自分で一定咀嚼して、答えを一定持った上での議論等不可能です”」
ユダヤ教、ムスリム、キリスト教信者同士での「一つの答えを宗教の側面で出して統一する、これは永遠に不可能とある意味」
この国の多くの民衆「自己を持って居ないし、近未来に有るべき、合理的な根拠を備えた答え等も持てないし、考えないから”矛盾の極みの、如何にも尤もらしい戯言に”簡単に嵌まり込んで、いいように利用されて、食い物にされて、自分達で進んで、不特定多数の民衆毎破滅まっしぐら!に狂奔します」
オウムがテロにまで突っ走った事と相似形と「自己を出来るだけちゃんと持とうとしない、こう言う手合いが民衆の大半だと、自ら破滅まっしぐらに、が古来からの定番ですから”自分を出来るだけ持とうと、疑問を持って考えて、答えを自分の頭で導き出そうと思考して、その上で自分なりの答えを、事情を鑑みて答えを変え乍ら、これが出来れば”全く違う、同じ思考力を持った相手と、同じ答えにならない上で、議論から出来ますが、違う方向から考えるきっかけが出来るし」
まあ「こんな心の持ち方、余裕を持てないから”カルトやでっち上げただけの崇拝対象様、デマ喧伝に嵌って”がと言う」
